温州みかん
一家団欒、コタツの上の黄色いみかん。日本の冬の代表的な情景です。
現在、一般的に「みかん」と呼ばれているのは「温州(うんしゅう)みかん」です。
今から400〜500年前、中国からもたらされた柑橘類が鹿児島県長島の地で、突然変異し、発芽したものと考えられています。
中国の地名「温州」と名がついていますが、日本生まれの日本育ちです。
温州みかんは、種がない果実なので武士には嫌われていたそうです。明治になって種がない食べやすさや酸味と甘味のバランスがいいことなどで急速に普及します。
本格的に栽培されたのは明治になってからです。
近年まで、1世帯あたりの果物購入金額第一位でしたが最近はバナナに抜かれてしまいました。
さて、スーパーマーケットなどでみかんが店頭に並びはじめるのは、早くて9月下旬ころからです。(ハウス物は除きます)
まず、「極早生(ごくわせ)温州」が出はじめます。
10〜11月には「早生(わせ)温州」が、11〜12月にかけて「中生温州」が、12月から3月にかけて「普通温州」が本格的に収穫、出荷されます。
みんな同じみかんに見えますが、時期に応じて異なった品種が店頭に出ているのです。著名な品種だけでも20種を数えます。
みかんの主要生産県は、愛媛・和歌山・静岡・熊本・長崎・佐賀などでいずれも海に面した温暖な地域です。
鹿児島県の長島で発芽した温州みかんは、230年ほど前に長崎の大村藩伊木力(いきりき)村(現・多良見町)に植えられ、明治以降本格的な栽培が始まり、温州みかんの2代系統のひとつ伊木力系に成長します。

長崎みかんの産地から、おいしいみかんのレポートです。

長崎県西彼杵(にしそのぎ)半島は、東に大村湾、西に日本海をのぞみ、沿岸の傾斜面には一面のみかん畑が広がります。
空からの穏やかな太陽と、海からの反射光と2つの太陽があるといわれ、さらに傾斜地を利用した段々畑で日当たりは抜群。また、水はけの良い土壌で乾燥しやすいこともおいしいみかんを作る条件です。
西彼杵地区はおいしいみかん作りのための条件を備えた産地なのです。
5月頃、みかんの木にかわいい白い花が咲きます。
8月には、ピンポン球くらいの大きさに成長します。この時期に摘果を行います。
樹勢や枝振り、日当たりなどを見ながら、よい実だけを残していきます。
真夏の炎天下の下で汗を流しながらの摘果はつらい作業ですが、おいしいみかん作りには欠かせない作業です。
7〜8月ごろにマルチシートという白いシートを地面にかけていきます。
マルチシートは、雨を防ぎ、土からの蒸気を逃がす特殊な構造のシートで、余分な水分を与えないことで味の凝縮を図ります。
長崎はマルチシートの普及率が日本一です。

みかんの花
幼果時期のみかん
マルチシート被覆作業
早生みかん収穫時期の岩崎信一郎さんのみかん農園を訪問しました。
早生品種として名高い「岩崎みかん」の生みの親が岩崎さんです。
岩崎信一郎さん
今から30年程前に一本のみかんの木にちょっと様子の違う実がついているのを発見。他の枝より早く色づいていました。枝変りといいます。
大事に育てたところ極早生のおいしいみかんができました。
今では、「岩崎みかん」は、長崎を代表する極早生温州みかんの品種なりました。
かつて、岩崎みかんと原口みかんが東京の市場で日本一の高値をつけました。
生産者部会が一致団結した結果、日本一になったことを忘れないように、という意味をこめて、「日本一。岩崎・原口みかんの里」の看板が、西彼町小迎郷の国道沿いに掲げられています。
(原口みかんも、長崎早生みかんの代表的な品種)

『このあたりは傾斜地で米が作れなかったので麦や芋を作っていた。昭和30年後半から40年にかけて海岸線の山沿いにみかんが植えられた。
親父が昭和38年にここの土地を買った。私は二代目。
長男だったから特に何も考えずに仕事を継いだ。親父の作戦勝ちかなぁ・・・』と岩崎さん。
「親父の作戦がちかなぁ・・・」
『みかんの枝変わり(突然変異)は、全体からいえば100万分の1くらいの奇跡的な確率だよ。良いか悪いか確かめるには実がなるまで3年以上かかるからね。そうした中で「岩崎みかん」が生まれたんだ。』
30年前に発見された「岩崎みかん」の原木が畑の真中で、今でも元気に実を実らせています。
岩崎さんのみかん畑は約5ヘクタール(約15,000坪)。なだらかな山肌におよそ8000本のみかんの木が栽培されています。
岩崎みかんの原木
岩崎さんのみかん畑の一部。太陽の光をたくさん受けるゆるやかな傾斜面に広がっている
農作業が一度にピークにならないように、又、天候や災害による危険分散のためにも、極早生、早生、普通と時期をずらして収穫できるように作付けを調整しています。その比率は2:4:2。
その他に中晩柑として「デコポン」や「はるか」の柑橘類を栽培しています。
みかんの木の寿命は大切に育てれば150年は持つそうですが、毎年、おいしい果実を収穫できるのは15〜20年ほどだそうです。
消費者の味の嗜好も変化していくので、それに合わせて、新しい品種の幼木を育て、世代交代させていくのも、みかん農家経営の重要な作業です。
また、農機具などを効率よく使うための園地の整備にも力を入れています。


みかんの幼木
防除機
『猪がみかんを食い荒らして困ってるんだ。米の収穫が終わって食い物がなくなるとみかんが狙われる。後ろ足で立ちあがって、上の枝の実も、もぎ取って食ってしまう。皮だけ残すんだよ。おいしいものは良く知ってるよね。でも、大切に育てた木が傷つけられるのは本当に困るよね』と岩崎さん。
猪の足跡
『おいしいみかんは糖度と酸味のバランス。とても甘いみかんも作れるけど1個食べると飽きてしまう。糖度12度ぐらいのが4〜5個食べても飽きないいちばんおいしいみかんかなぁ。
生果としては出荷できないけど規格外の小さいみかんが意外とおいしいんだ。ジュース用に出荷するんだ。』
岩崎さんが、枝からみかんをもいで食べるよう勧めてくれました。たしかに甘味と酸度のバランスが絶妙で、もぎたてのおいしさが抜群です。
『もぎたてのおいしさは産地で、収穫の時期しか味わえないけどジュースにしたらいつでもこの味と風味が味わえるよね』と岩崎さん。
今(10月下旬)は、極早生の「岩崎みかん」の収穫が終わって、早生の「原口みかん」の収穫時期です。
多くのお手伝いの方が畑に入って収穫をしています。
岩崎さんは「JA長崎せいひ」の大西海みかん部会長の要職を務め、日々、長崎のみかん品質の向上と、組合員の農家経営改善に心を砕かれていらっしゃいます。

収穫される岩崎さんの奥さん。おいしいみかんをお土産にいただきましたm( )m
JA長崎せいひのみかん選果場
みかん農家が収穫したみかんは、それぞれの農家で小粒や傷のあるものを粗選別して、出荷します。
この地区のみかんは「JA長崎せいひ 小迎選果場」へ集められます。
10月がピーク。洗浄して、ワックスをかけて、傷のあるものをはねて、サイズ別に選果します。
処理能力は一日130トン。
長崎の温暖な気候と、農家が手塩にかけて育てた、おいしいみかんは「長崎みかん」の箱に詰められて東京や大阪の巨大消費地に運ばれていきます。

JA全農ながさき 大村果汁工場
農家から原料みかんが工場に運ばれてきます。10月の今がピーク。
傷ついたものを取り除き、洗浄した後、搾汁。
精製・濃縮、冷却、などの工程を経て、冷凍保存します。
搾汁能力は、12トン/時間。
製品にするのには、原料を解凍し、甘さやすっぱさ、濃さを調整して、パッケージに充填します。
全てがオートメーション化された近代設備と徹底した品質管理のもとで、みかんジュースが作られています。
編集後記
岩崎さんはじめ、生産者の方が一生懸命育てた長崎みかんは、「とっておき国産みかん」の原料となって、いつでもどこでも長崎のおいしいみかんの味をお楽しみいただけます。
今回の取材は、JA全農長崎県本部の皆様、岩崎信一郎さま、JA長崎せいひ 小迎選果場の皆様、大村果汁工場の皆様にお世話になりました。ありがとうございました。
みかん畑でいただいたもぎたてみかんのおいしさは忘れられません。
(2008年10月末)

